50代主婦は孤独なもの?虚しさと孤独感はどうしたらなくせるものか

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50代といえば、子育ても無事終わり、本当であれば「ルンルン」になる期間のように思います。

子供は巣立ち、忙しい子育ての時間から解放されて、いよいよ自分の時間を楽しもうと思う時期なはずです。

しかし、実際には仕事もなく、何かはっきりとしたゴールが見えてい不透明な時期と感じることがおおいのではないでしょうか。

気持ちとしては、大きな任務を終えた満足感もあります。ほっとする面もあります。

しかし、今までやってきたことへの満足感がある反面、これからの人生どうしよう?と思い悩んでしまうのがないでしょうか。

人生はこれからです。50代なら健康ならずっと余生を満喫していきたいです。

ただ、これからの先の長い人生、どうしたら楽しく、充実したもにできるのか、本当に悩むところだと思います。

どのように、「私の人生の生きがい」を見つけていったらいいのかを考えてみたいと思います。

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50代の主婦の孤独と生きがい

50代は、女性にとってとても不安定な時期だと思います。

子育ても終わり、本当であれば人生を謳歌できる時期です。

ところが、あまりそう単純に行かないのが、50代ではないでしょうか。

何故か孤独感を感じる

この時期はどうしても孤独感を感じる女性が多いそうです。

管理人も、婦人科系や関節科の先生(フランスの医師)に相談する度に、閉経する年齢の女性の話しを聞きました。

ですのでこれは日本だけの話しではなく、いろいろな国で一般的なことだと言えるようですが、大きくは夫婦関係のもつれも原因して、自信を無くす女性が多いということです。

子育ては実際に大きな労力を使いますし、夫の男性がほとんど仕事に打ち込む間、女性が家の中の切り盛りをします。

「お~い、お茶」ではないですが、ご飯支度、子供の塾や遠足の用意、選択にアイロンがけ、家の修繕の手配、町内会の連絡、自転車の修理の予約など。

家の中のことは上手くいって当たり前、上手くいかないと非難を受けます。

息つく暇もなくこなして来たのはいいのですが、なんとなくそんな予感はあっても、子供は巣立ったあと、空虚感がやってきます。

子供もいなくなれば、今まで全精力を傾けてきた対象がなくなり、それまでは、いざこざがあっても、それなりに時間をささげてきた対象から感謝もありました。

でも、もう感謝もされません。

人生のわき役と感じる?

孤独感があるのは、子供が巣立ったからなのかもしれません。

しかし、本当はそれが原因なのかと考えると、子供がいなくなったことだけが原因とはいえないのかもしれません。

子育てをしている間は、没頭できる対象が子供でしたし、家のなかのことを自分一人で切り盛りしているという自負もありました。

しかし、給料というものは、夫が稼いでいた(今も稼いでいる)から、家の中のことに没頭することだできたとも言えます。

また、外で収入を得て、また家の中のことと、二つこなすのはハッキリ言って無理でしょうし、夫とは役割を分けて子育ても、家のことも出来たと言えます。

しかし、ここで、子供がいなくなると、なぜか、「人生のわき役」を行ってきたのではという疑問もおこってきます。

それは、子供がいなくなったことで、付加価値がなくなったと考えられることと、夫が行ってきたことへのアクセサリーや、おまけ見たいに世間が言ったりすることに、違和感を感じます。

しかし、反面、そんな言い方になぜか、異議を唱えられない自分がいます。

自分はおまけの人生だったのかと。

本来であれば、夫と自分は対等で、自分は家事全般を請け負ってきたのに、なぜが夫からの評価が無くなっていて、あしげにされているとも思うのは何故なのでしょうか。

下がった自己評価を上げる

全身全霊とまで言わなくとも、それなりに気持ちの面でも家族の為に自分の人生をささげてきたという思いは強いです。

生きがいを取り戻す

なんとなく、自分自身で毎日「パッとしない」とか、気持ちが晴れ晴れしない思いで生活しているってあると思います。

では、生きがいでも見つけて生活したらば、どうなるかとも思います。

しかし、生きがいといっても、一体なになのかですよね。

趣味と言える趣味もなく、自分で打ち込めるこれといった特技もないとなることが多いです。

そう思うと、途方に暮れてしまいがちな50代ではないでしょうか。

若い時は、華やかに外出して、おしゃれなカクテルを楽しんだり、お金のかかる楽しみ方が多かったなら、今何に打ち込めば良いのと思います。

旅行も頻繁に行けるわけでもない、行ったところで楽しめるのかというとそうでもない、というのもあります。

生きがいというのは、なにも華やかな外出をすることでも、旅行をすることでもないのは明白です。

今の自分にかけているのは、夫や子供からの評価であり、良くやってくれたと思われる気持ちです。

それがあるから、家族への優しい一言もかけてあげられるというものです。

無くした評価の取り戻し方

きっと、子供も夫も、自分がいろいろなことをしても当たり前に思っているし、他にすることもないのだ、とも思っているのかもしれません。

実際、いままで、家のことを最優先で行ってきたから、家は機能してきたのは事実です。それだけ精力を注いだのですから。

しかし、してきたことを当たり前に思われても困りますし、することがないからやってきたのでしょう、と思われるともっと困ります。

であれば、いまから、自分がしたいことをして、今後は、「お母さんはいつもあなた方の為になんでもできるわけではありません」というメッセージを流すのがどうでしょうか。

このメッセージは、夫へも同じです。

夫は、いままで勤務する会社でそれなりに高い評価を受けてきました。

そのおかげで、給与も潤沢にあり、家庭内でも困ることもありませんでした。

しかし、今後は、自分が人生の「脇役」ではなく、自分も夫と同様に家族を代表するメンバーであると、分かってもらいたいですし、あしげにおもわれるは、もう勘弁してもらいたいです。

なにもそれが、旅行に2週間出かけて、家を留守にすることが目的というのではなく、この50代を、家族に遠慮しないで、自分のための時間を、自分に使うということです。

生きがいと評価の関係

生きがいは、もちろんいろいろあると思います。

趣味が充実していれば、生きがいを感じられる方も多いと思います。

しかし、忙しくして、旅行も趣味も外出も引っ張りだこだから、生きがいがあり、内面的な心の充足があるかといえば、それは比例関係にないと思います。

家族はやはり大事な存在です。だからこそ、いままで自分の時間をかけて、家庭にことをやってこれました。

ですので、子供や夫から、特に夫から、「良くやってくれた、これからもお願いします」という一言は、実際生活面でとても大事な自分への評価となるのではないでしょうか。

そう言ってもらえる夫婦関係は素晴らしいとおもいます。

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まとめ

実は、管理人も仕事をなくして、夫との関係がなにか一方的なように感じたことがありました。

夫はフランス人ですが、男性の方が給与も多く、なにかやってくれて当たり前的に思われていると感じていました。

本当はそう思っていなかったのかもしれませんが、管理人がそうなのではないかと思った時点で、なにか人生のわき役的になっていると感じたのです。

それから、大体3年くらいで、自分は、また自分の人生の主役にいると感じることができました。

長いと言えば、長い時間がかかったのですが、夫との夫婦関係も良くなったと思います。

最初の一歩は簡単ではないですが、家族との話し合いや、子供との話しも大事だと思います。

解決法はいろいろだと思いますが、自分が主役になると思う気持ちで大成できると思います。

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