親の面倒はみたくない?お金の時だけあてにされる関係は変えられる?

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誰でも最初から親の面倒を見たくない人はいないと思うのですが、親子の関係は本当に微妙です!

人様からは見えない、その親子独特の関係があるものだなと、最近しみじみと思い始めました。

親子関係も、片親が亡くなるとそれまでの関係にも変化があるのではないでしょうか。

片親がいなくなることで、残った親との関係が親密になります。その親密さと頼られ度も変わってくると感じます。

親の面倒が見たくないと思うようになる子供だけでなないと思いますが、中には親への愛情を感じられるなくなる事もありえると思うからです。

自分を育ててくれた親です。愛情がなくなるというのではないのですが、いろいろな経緯が各家庭でやってくるのだと思います。

「面倒を見てもらうのが当たり前」とか、「お金を出してもらって当たり前」というような考えを親がしているのを垣間見ると、精神的にやられます。

結局、お金だけを求めて連絡してくるとしか思えない時があります。

子供としては最悪の思いで日々を過ごすことになるのではないでしょうか。

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親の面倒はみるのが普通なのか

親の面倒を見るケースでも、兄弟がいるかいないか状況が違うかと思います。

今まで会えなかったから、一緒の時間を過ごしたいと思うときに、お金のことを言われるケースがあります。

子供が複数いるケースと一人っ子のケース

親子にも色々なタイプがあり、その関係も色々なのだと思います。

子供が一人のケースであれば、その子をあてにするしかないのですが、子供が複数すれば、子供の間の兄弟関で、兄弟皆が親の面倒を平等に見るというものでもないようです。

親も大人になった子供には、「言い易い」や「言い難い」というのがあるようです。

それで、子供のなかで一人に集中して、面倒を見て欲しいという気持ちがあるようです。

最近思ったのですが、親の方は、迷惑をかけたくない子供と、面倒をみてもらって当たり前に思っている子供を、うまく使いわけているのではと思い始めました。

頼りにするは一人の子供

親の側からすると、それぞれの子供との関係が出来上がっていて、それがずっと続くというのがあるようです。

複数いる中で、愚痴が言いやすい、言い難いというのはあるようですし、いままで言い続けていたら、子供が大人になっても、同じく言い続けてけるという関係が続くというのがあるようです。

そんな言いやすい子供がいると、金銭的にも、体の体調の愚痴もまとめて、その子供へ言うというのがあるようですね。

実際に、親の体調が微妙に変わったなどは、良い方に変わればいいですが、高齢になれば悪い方に変わるのが普通です。

そんな時に、腰が痛いとか、足が痛いなどは、いつも聞いてくれる子供に言いたいもののようです。

愚痴を言うのも一人の子供

いう内容で、愚痴もそうですが、お金を出してと言うのも、余り変わらないというのもあるようです。

ただ、言われた方はたまりません。

まして、お金を無心しておいて、そのお金を他の子供に与えるということもあります。

きっと、いままでの、親子の関係があり、特定の子供とは○○の関係、他の子供とは△△の関係というのが成り立っていて、高齢になってもそんな考え方が変わっていないようです。

実はこの関係は、我が家の構図で、管理人には兄がいますが、母は私からお金を無心して無職の兄にお金をあげたいようです。

そんな親を持って、必死に働いてきた自分のお金で、のらくらな兄弟にお金が行くのに矛盾を感じれば、 親の面倒をみないで、自分を親不孝などど、責める必要はありません。親不孝とかいうのは、やっていない人たちが言うだけです。心の葛藤はいつもあります。

お金だけをあてにされる

子供にとっては辛いことですが、高齢になると、「お金だけ」欲しいと思う人もいるようです。

医師の診断がされない以上、医学的にどうだとも言えませんが、年老いた親が、お金だけ欲しくて言うのかはわかりませんが、「お金だけ送っておくれ」などど堂々と言われると、会いたいという気持ちはこの親にはないのかと、不思議に思います。

親は高齢ですので、色々な思いがある中、一番生活に必要な金銭的なことを要求して、それが充足すると、他のことは照れくさいのか、言わないというのもあるようです。

まして、他の子供には一切言わない例もあります。

実は管理人も、お金につても、痛み愚直も打ち明けられる子供に選ばれてしまいました。

色々なやってあげたいという思いはありました。しかし、汗水して働いたお金が、他の兄弟のもとへ飛んでいたっていたのを聞いて、平静心を失いました。

もう収入のない親だから、金銭的なことにもなんとかしないといけないと思ったのでしたが、渡したお金が働かない無職の兄のもとに行っていたのでした。

そのような親の心理が、どんな背景でおこるのか、老人ホームのケアマネジャーさんも理解していません。

また、いままでの親子の関係が今後簡単に変わるとも思えないと太鼓判を押されました。

であれば、今後はますます、自分にのみいろいろなリクエストがくるのかなと最近思っています。

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まとめ

選ばれたくないことで、選ばることになった例をお話しました。

親の面倒は、身体的なこと、また金銭的なことと、後を絶ちません。

あることに気が付くまでは、自分が親のためにしてきて、それで感謝されていると思っていても、案外親は「ちゃっかり」していて、無理をしてまで働いて得たお金を、自分の兄弟に渡していることがあり得ます。

そうなってくると、面倒を見るはずのことが、親のエゴを満たすための道具となっているということです。

親が不自由な思いをしているから、なんとかしてあげたいと思い、お金を渡しても、お金を使わずに、だれかに行っているケースはあるそうです。

相談できるケアマネジャーさんがいても、問題の解決にはなりませんが、現実を直視できる機会にはなります。

これ以上落ち込まないように気を付けましょう。

この介護保険を受ける資格を審査する機関は、介護福祉課というところです。 お年寄りの体調や状態を、審査に来る調査員の方が、診断をしに来て あとで、結果が送られてきます。 そのとき注意しないといけないのが、普段ぼけている親が、その日は非常にシャンとしているということです。サービスをいろいろ使ってストレスを軽減していきましょう。
〚だから荒野〛のドラマで、高橋一生が亀田章吾という役で、 介護施設の老婦人や、自分が孤児院で育った時の恩人の世話をして、お金をもらうなり、盗むというレベルに発展しくのですが、 それで、家族から無視されたいた老人が、ひと時でも幸福感を味わえるなら、 亀田役は詐欺っていうのは、介護を頻繁にしていない人が思うことなのかと思います。

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