好きだと思い込んでる?本当は好きでないという境目って何?

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友人から「好きだと思いこんでいるだけじゃないの?」とか、さらっと指摘されたりすると、「えっ?」と考えこんだりするほど、本当はどうなのかって思うことはないでしょうか。

人を好きという思いはあっても、そう言われると、実際にどこまでが本当で、どこからがそうでもないのかと、自分自身の気持ちがわからなくなります。

思い焦がれる思いは確かにあります。ハンサムだとか、美人だとかというのもあるのかもしれませんが、自分にとって、好きでい続けられる人、または嫌いになれない対象というのはあります。

仕草や声って、その好きな感情の一部なのか、本質とは違うものなのか?声だけ好きでいられるというのは無理かもしれませんが、人のことを嫌いになる必要がないというのもあります。

ただ、思い込みってあるのでしょうし、好きと思い込みたい状況ってどおいうことなのでしょうか?

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好きだと思い込む感情とは?

好きか、嫌いかと考えるよりも、好きな人はずっと好きでいたいですし、自分にとって好きなタイプはやっぱりあります。

その人の雰囲気も重要な要素でしょうし、仕草とか、声とかもあります。

それについては、「そんなの、実際につきあっていないからだよ」という意見もありますが、付き合い始めても、その人しか持ち得ていないものをずっと好きでいるというのはあります。

すごくエネルギッシュだとか、歌が上手いとか、走るのが速いというのもありますが、それ以上に、その人の考えかたが雰囲気になっていますので、どうしても唯一無二ってことなのでしょう。

付き合い初めて、実生活にはあまり貢献しないことでも、そんな場面をもっている人を好きになるものです。

とは言っても、歌が上手いだけでずっと好きではいられませんので、他の要素も絡み合って、微妙な何かが出来上がっているから、好きになれて、好きでい続けことができるのです。

でも、好きというのは思いこみだけとか、「好きだと錯覚しているだけじゃないの?」と言われる所以はなんなのでしょうか?

好きは錯覚なのか

人から「錯覚なだけ」などと言われることがあるとしたら、現実に一緒に住んでもいないから、嫌な面を見ていないとか、勝ってに空想で「好き」を大きくしてばかり見ていると思われているかもしれません。

もし一緒にも住んでいないからとか、現実的な面で好きでないにしろ、錯覚だとは思いたくないものです。なぜなら「こんなに好きなの」と思う気持ちは、他人にはわかりませんし、自分だから感じているからです。

ところが、錯覚と本当とはどう区別するのかって、実はなんともしがたいという部分はあります。

相手のことを、本当は何もしらないと言われば、それも一理あります。

一緒に住んだことがないから、好きでいられるというのも、一理あるのかもしれません。

その区別の決め手は、「好きな対象をもっていたい」ってことなのではないのかと、思うんです。

思い込みが激しい人

錯覚が現実味を帯びていないということであれば、ある意味で、思いこみが激しいというのもあります。

いろいろな要素があって、その人のことを好きと思い込めるわけですが、思いこみが激しい人は、自分自身のことを理解していないのかと、自問自答するのでしょうか。

良いとか、悪いもないのですが、生を受けてからある程度は各自の性格というのがありますので、

  • 思い込みが強い
  • 思い込みが激しい

のは、なにも恋愛に限ったことではなく、日常の生活で現れる兆候です。それが、恋愛だけに出るということはないのではないかと思います。

ですので、恋愛が対象で思いこみが強い場合は、好きになれる相手だってことなんだと思います。

そうなると、相手の性格がどうでも、自分のタイプだと深く思える、いわゆる「思い込める」相手に巡り会えたということなのでしょう。

思い込みが激しいと、相手次第でずっと好きでいられます。多少の誤解とか、ふられてしまった、などというのは端数の話しで、相手のことを好きでいたいという強い思いがあるのでしょう。

恋愛には冷静な人

逆に、恋愛にはやたら冷静な性格もあります。でもこれは案外、生活のほとんどの面で「ゴーゴー」タイプなのに、恋愛に関してだけは、石橋をたたいて渡るタイプの人もいます。

恋愛に対して冷静なのは、なぜか他のことでは突き進めても、なにか恋愛で相手からの反応が自分の思っている通りにならないことで、防衛線を張るのかもしれません。

誰しも傷つきたくないですので、傷つかないように行動するのも、一つの方策です。

そうなれば、好きと言わなければふられることもありませんし、ひっそりと恋心を抱いていればいいのです。

ひっそりと相手のことをずっと思っていられれば、誰からも邪魔もされずに、好きでいられます。

そこで錯覚だとかと言われようが、気にすることはないのです。

根拠のない自信はどうなのか

思い込みだけとか、錯覚だけと人から言われていても、相手のことを思う気持ちに、「絶対あの人のことが好き!」と思える自分がいたらどうでしょうか。

好きでいられる自信がある人

恋心は、相手からの反応があって初めて、大きくなるという面があります。

だからずっと反応がなかったり、また足蹴にされるとずっと思っているのは辛くなります。しかし、そんなのはなんのその、途中で「やっぱりやめておこう」とは思わずにいられるのは、自分自身の性格を知っているからなのでしょう。

思いを継続できる要素は、各個人違います。自分自分の性格を知っているからこそ、実らない恋にでも身を乗り出したい、また、実らない恋だから、諦めなくないという心理もあります。

実らない恋ばかりする人

実らない恋とか、高嶺の花という言い方はありますね。

相手がすごくハンサムだとか、すごく美人だとかだと、競争率が高くなります。その分、自分のことを振り向いてくれる確率が少なくなります。

自分は、競争者のなかで「目立った存在」にならないと、目に留めてもらうことすらできません。

実る、実らないの確率でいくと、恋が実り難い人を好きになるよりも、手が届く範囲の人を好きになる方が、恋の現実味があるのは確かです。

ただ、好きになれると思いこめる相手が、身近にいなければ話しになりません。

管理人の知り合いで、お見合いを薦められた人がいました。お見合いの相手はそう美人でもなかったのですが、いい人そうで、幸せな結婚ができると思っていたのです。

しかし、その人は申し出を断わりました。後でその人が断った理由を聞いたのですが、理由は会社から帰って、家のドアを開ける度に「ガッカリしたくない」でした。

自分と相応という面もありますが、高嶺の花をずっと望むのも人生ということのようです。

惚れっぽくて騙されやすい人

好きになれる対象は、自分の好みが反映されます。自分の持っていない面や、自分に対して優しくしてくれるというのも、好きになれるツールだと思います。

恋愛に対して、石橋を叩いて渡る人とは対照的に、惚れっぽい人もいますね!惚れっぽいとは、相手をすごく好きになれるってことなのでしょう。

周りの友人から、そんなに好きになるとあとで大変になるなどと、アドバイスされても、好きなものは好きと進んでいける性格です。

ただ、惚れるだけでは済まなく、相手の人がお金使いが荒いとか、交友関係が派手であっても、それをなんとかしたい、助けてあげたいと思ったりすると、騙される方に進むリスクがあります。

そおいうのが何度かあるとお金もかかりますので、精神的な縁切りをするなど、付き合い方や、相手の選び方を考えた方がいいのかもしれません。

持って生まれた性格もあり、相手の人に良くしてあげたいと思う気持ちが働きますが、そおいうときは、家計簿などをつけて数字をよく見て、騙されないように気を付けた方がいいのかもしれません。

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まとめ

好きになれる相手にこの世で会えるなら、それに越したことはありません。

好きな人のことを考えられる、好きでいられる、一緒にいられるというのは、幸せに感じられるツールです。

思い込みと言われても、自分自身が幸せに感じられればいい訳で、本当は好きかどうかというのは、二の次なのだと思います。

そのくらい好きになれるというのは、希少なものだと思います。

今まで自分が感じることができなかった感情もあったり、新しい自己発見もあるものと思います。相手次第で自分がこうも変わるものかというのも出てくるでしょう。

好きと思い込むのは、やはり性格もあり、惚れっぽい性格というのはあります。それは長い生活で変わっていく場合もありますし、惚れてしまえば、恋は盲目です。

思い込める相手に出会えることが、なにせ希少ですから。

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