本当の友達がいないと悩まずに長続きする付き合い方を見つける

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50半ばを過ぎても、友達の存在は大きいです。たまに落ち込むこともありますし、(歳のせいで、若い時よりは少なくなりましが、でもまだ人間ですからね。。。)そんな時に、ただなんとなく一緒にいて、話をしていて自分をわかって貰える存在はそれだけで嬉しと思いますよね(^^♪ 貴重な存在だなって。

私も友達の数は多くはないのですが、悩み抜いたときに相談できる人が何人かいます。

よく考えるとこれって凄いことかなと思っています。

歳をとっていても、大事にできる友達についてお話したいと思います。

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本当の友達がいないと思う前に、本当の友達って何?

〚本当の友達〛と言う方がありますが、考えてみてその明確な定義というのはありませんよね?

逆に嘘の友達というと言い方はありませんが、意味は想像できます。

  • 信頼関係がない
  • その時だけの表面的なつきあいをする
  • 用がなくなると消滅する

というような関係に成り立っているのかなと感じるところです。

そう考えると、

本当の友達とは

  • 信頼できる
  • 自分のことや悩みを話せる
  • 用があるからではなく、会いたいから会う

という風に考えれますし、

話が合うから一緒にいて疲れないし、興味がある話題で一緒に笑えるし、一番は悩みを打ち明けられて、自分のことをわかってくれるという存在です。

単純に、利益目的で会う関係というのも中にはあるでしょう。

  • 行きにくい場所に一人で行きにくいから
  • 喫茶店や映画には一人で行きたくないから
  • その人の存在を利用して、顔を利かせてもらうとか、社員価格を使わせてもらって安く買いたいから
  • そこの家がお金もちで、別荘に招待してもらうとか。。。。

会う理由は、その人が提供してくれるプラスアルファであって、その人とただ一緒にいるだけで良いとか、話をしたいというのが目的でないのところが特徴かと感じます。

そんな場合は、実際映画も喫茶店も自分一人で行くのが苦にならなくなって、今まで出来なかった事が全部自分一人でできるよになると、その人とは会う理由がなくなり、会わなくなる人も中にはいるでしょう。

自分ができるようになって、成長したのならそれはおめでたいのですが、でも全部自分でできるようになっても、自分を理解してくれる友達は唯一無二の存在です。

そのような存在が友達なのでしょうね。

引き合う友人

友達が本当の友達かどうかは別にして語り合える友人とは話題が合います。

それはきっと、自分の育った家庭環境で似ている部分があって、その育った環境の中で育まれた感受性が似ているからなのでしょうか。

別々の国や、別々の県で育っても、同じものを見て笑って、一緒に感じれます。

きっと、大都市に育った人同士で共通の話題があると思いますし、また小さい町で育った者同士でも共通の感受性があると思います。

ですので、学校の同じクラスや、ゼミの同級生や、会社に入った同期でやたら話が合うということになるのだと思います。

そのような共通の感受性を「他人」と共有するって不思議な事ですね。

家族でもない今日偶然クラスで会った人は、いままでご飯を毎日一緒に食べて育ったわけではなくても、感受性という共通項があることで話が弾みます。

道を散歩しながら、何気ない事を話をして同じ笑を持つものです。

不思議なのは、育った環境は家庭で違いますので、同じ環境で育っていないのに、磁石のように何故か引き合うのですね。

引き合った友達への期待

きっと、小学校、中学校、高校、大学、会社とそれぞれの段階でそのように引き合う誰かに会えて来たのでしょうね。

仲が良くなって過ごす時間が長くなると、その人に何か喜ぶことをしてあげたいと思います。またその人が困っていると助けてあげたいと思うでしょう。

自分に悩みがあると相談したいと思うでしょう。

大切になった友人は、その人の何かを利用してというのではなく、その人の為に自分から何かをしてあげたいと自発的に思う筈です。

長続きする関係

相手に色々してあげたいと思い、してあげるのは自発的なことで良い事です。そのしてあげることに時間がすごく掛かったとか、お金が掛かったという場合は尚更その相手の友達に喜んでもらいたいのは当たり前です。

でも何故か自分が時間もお金もかけた割に喜んでもらえない時があります。

そんなときはショックです。

そのショックが高じると、相手を非難したりとか、恨むとかになります

贈り物は物質だけでなく、自分の大切な時間をかけて用意したものです。友人がその贈り物をちゃんと分かってくれる人なら、きっとそんなに欲しいものをプレゼントされなくても、あなたに感謝してくれる筈です。

友人の喜びの反応が良いと、「やっぱりしてあげて良かった」と思いますよね?

でも期待通りなサプライズにならないと

ただいつも友達が、自分が時間をかけて用意したものを期待通りに喜んでくれなかったり、そのひ友人の都合がつかなくなりキャンセルになったとかもありますよね。

それに、自分がそれだけ時間をかけてやったのだから、今度は友人がお返しをしてくれると、期待してしまうことがあります。

それが高じると、あれだけのことをしたのだから、それ以上のことをしてもらって当たり前と思うようになると、辛いですね。

友人関係で難しいのは、何かをしてあげたいと思う時は、自分の気持ちの高揚があるときなので、でも相手の友達も仕事や、資格試験や、家族問題でお返しモードにいない場合があります。

自分が長時間かけて準備をした位のレベルのことを返して貰えないがっかりすることがあります。

  • クリスマスにやたら時間を掛けて食事を準備した
  • 誕生日のプレゼントを探すのに3日かけた
  • 旅行のチケットの手配に一月かかった

など、それなりの反応が返ってこないと、ガッカリ120%とかありますよね。

恩知らずなどと思うことがあるかもしれないですね。(^^♪

しかし、心のこもったお礼の言葉や、何カ月後かに、お返しがくる場合もありますので、

直ぐに期待をしない癖がつくと、裏切られたとは思わなくて関係も続きます。

異性のへ思いもありますが、同性同士でもやっぱりできれば一緒にいたい、と感じる友達はいますよね? 一時期「白衣に弱い」という言い方があり...

まとめ

そんな感受性が一緒の友達に出会えたのですから、付き合いが長続きして、がっかりしないで、一緒に笑える関係が続くようにするのには努力も必要かもしれません。

所詮違った環境で育った相手が自分と同じ反応をすると期待すること自体無理な注文と思えば、直ぐのお返しを期待しないで済みます。

期待していで友達にしてあげる。

これですね。

裏切られたとか思わない、期待しない。あなたの感受性を分かってくれる大切な友達です。

私も何年に1回しか会えない友達がいますが、貴重な存在ですよ。

じっくり、ゆっくりで

長続きする付き合いをしたいと思います。

問題は、自分に愛情を向けて欲しいのですが、 相手の友達は、あなたに最初から何もお願いしていないのに、 あなたは勝手に相手に与えたいと思ってしまって、 投げたボールを返してくれないことで、相手を責めることです。
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