昭和の大スターの息吹 石原裕次郎記念館 その26年の歴史を小樽で閉じる  

早いもので1991年にオープンした、〚石原裕次郎記念館〛が今日2017年8月31日に幕を閉じることとなった。

裕次郎が3歳から9歳まで過ごした小樽の期間を記念して建てられた記念館であったが

その老朽化をすでに食い止められない歴史の節目があったのか。

小樽に1991年にオープンした記念館

裕次郎といえば昭和の大スター、亡くなったのが1987年。その4年後にここ小樽にオープンした〚石原裕次郎記念館〛であった。

昭和の大スターはこの小樽で、旧山下汽船という海運会社の重役であった父親の転勤で3歳から9歳で6年間を過ごした。いわゆる第2の故郷と言われる小樽。

といっても、裕次郎の父親という人は、山下汽船の重役と言っても、旧制中学もでていない身からたたき上げで役員までなった方といいますので、そんな家族の風土があったのでしょうか。

裕次郎のこの小樽の生活は神戸育ちの垢抜けしたお坊ちゃんが、はなたれ小僧ばかりの北海道の小樽へ引っ越しをして、新しい生活がスタートし、でも6年を過ごしたなか、故郷となっていたのでした。

20000点の裕次郎ゆかりの品が展示されている

展示品は、裕次郎が出演した作品は発売されたレコードの数々、

出演したテレビドラマで使用した車や、機材、テレビドラマ〚西部警察〛で使用した車両や、

映画〚黒部の太陽〛のセット、裕次郎が実際に使用していた趣味の車やヨット、アクセサリー、や洋服などなど、裕次郎の思い出ばかりが、沢山展示されています。

オープン当時は126万人が入場、、、しかし、、、

126万人といえば、小樽市の人口をはるかに上回る人口数です。

2016年までには、1800万人の入場者がされていますが、

しかし24年の歳月がたち、小樽の気候はきびしく、老朽化で亀裂が生じ、外壁の痛みも

激しく、維持が難しくなったのでした。

すでに、昭和の大スターをしらない若者が増え、閉鎖に追い込まれたということのようです。

展示されていた、20000点の展示品は、一部は小樽へ寄付される以外は、東京の夫人の自宅へ戻されるといいます。

閉鎖の理由には入場者の減少とまた並行して、母体である、〚石原プロモーション〛の経営不振があるようです。石原プロモーションといえば、羽振りの良かった芸プロですが、いまでは舘ひろしや、神田正輝がおみえですが、これらベテランの他で若手が育っていなく、母体の経営自体が難しくなっているともいわれていますし、小樽の館の維持まで手がまわらなくなっているといわれています。

開館最終日には、妻まき子さん、舘ひろしさん駆け付け、記者会見を開くということです。

また、展示品はその後、全国各地で東京から巡回展がされるということですの、小樽まで行けなかったファンの方には、地元で見れる機会となりますね。

時代は移り変わるのを感じざる終えません。

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